学習障害(Learning Disability, LD)は、特定の学習能力の習得と使用に著しい困難を示す、神経発達症群に分類される状態です。
知的な発達に遅れはないにもかかわらず、「聞く」「話す」「読む」「書く」「計算する」または「推論する」といった特定の能力において、著しい困難が生じます。
これらの困難は、中枢神経系の機能障害に起因すると考えられており、視覚、聴覚、運動感覚といった感覚器の障害や、知的障害、情緒障害といった他の要因によるものではありません。
以下に、学習障害について医学的な見地を含めて詳しく説明します。
1. 定義と分類
学習障害は、DSM-5(精神疾患の診断・統計マニュアル第5版)において、「限局性学習症(Specific Learning Disorder)」として診断されます。
これは、以下の3つの主要な領域における困難として特徴づけられます。
◆読字の困難(Dyslexia): 単語の正確な、または流暢な読み、読解の理解の困難として現れます。
文字と音の対応付け、単語の認識、綴りの正確さなどに問題が見られます。
◆書字の困難(Dysgraphia): 書かれた表現の困難として現れます。
綴りの正確さ、文法や句読点の正確さ、思考を文章で表現することなどに問題が見られます。
◆算数の困難(Dyscalculia): 数感覚、数の事実の暗記、計算の正確さや流暢さ、数学的な推論の困難として現れます。
数の概念の理解や、記号の操作、問題解決などに苦労することがあります。
これらの困難は、単独で現れることもあれば、複数同時に見られることもあります。また、その程度も個人によって大きく異なります。
2. 原因と神経基盤
学習障害の直接的な原因は完全には解明されていませんが、遺伝的要因と脳機能の異常が複雑に絡み合って発症すると考えられています。
2.1 遺伝的要因
学習障害、特に読字障害(ディスレクシア)は、家族内発生の頻度が高いことが知られています。
特定の遺伝子変異との関連が示唆されており、染色体上のいくつかの領域が候補遺伝子座として研究されています。
これらの遺伝子は、脳の発達、特に言語処理に関わる領域の神経細胞の移動や接続、シナプス形成などに影響を与える可能性が指摘されています。
2.2 脳機能の異常
神経画像研究(MRI、fMRI、PETなど)により、学習障害を持つ人々の脳機能や構造にいくつかの特徴的な違いが見られることが報告されています。
◆読字障害(ディスレクシア): 音韻処理(言葉の音を認識し、操作する能力)に関わる脳領域、具体的には左半球の後部(頭頂葉、側頭葉、後頭葉の接合部)の活動低下や構造的な違いが指摘されています。
特に、音と文字を結びつける働きを担う領域の機能不全が示唆されています。
◆書字障害(ディスグラフィア): 文字の書き取りや綴り、文章構成に関わる脳領域、具体的には前頭葉、頭頂葉、小脳などの機能的な連携の障害が示唆されています。
運動制御、視空間認知、ワーキングメモリなどが書字に影響を与えるため、これらの機能に関連する脳領域の異常が関与している可能性があります。
◆算数障害(ディスカリキュリア): 数処理や計算に関わる脳領域、具体的には頭頂葉(特に頭頂間溝)の機能低下や構造的な違いが報告されています。
数の大きさの理解、数量の比較、空間的な数の表現などに関わる領域の機能不全が示唆されています。
これらの脳機能の違いは、学習障害を持つ人々が特定の学習課題に取り組む際に、異なる神経回路を使用していることや、情報の処理効率が低いことを示唆しています。
2.3 環境要因
遺伝的要因や脳機能の異常に加えて、妊娠中の合併症、早産、低出生体重、出生後の脳損傷といった環境要因も、学習障害のリスクを高める可能性が指摘されています。
しかし、これらの要因が直接的な原因となるわけではなく、遺伝的な脆弱性を持つ場合に影響を及ぼすと考えられています。
3. 症状と特徴
学習障害の症状や特徴は、その種類や程度、発達段階によって異なります。
3.1 読字の困難(ディスレクシア)
・文字や単語の読み間違いが多い(例:「いぬ」を「うに」と読む)。
・音読がたどたどしく、時間がかかる。
・初めて見る単語を読むことが難しい。
・似たような文字や形、音の区別がつきにくい(例:「b」と「d」、「ん」と「そ」など)。
・文章の意味を理解するのに時間がかかる、または誤解が多い。
・綴りの間違いが多い。
・読書を嫌がる、または避ける傾向がある。
3.2 書字の困難(ディスグラフィア)
・文字の形を正しく覚えられない、または書けない。
・文字の大きさが不揃い、行からはみ出す。
・単語の綴りの間違いが多い(音と文字の対応が難しい)。
・文法や句読点の誤りが多い。
・考えを文章で表現することが難しい。
・書くことに時間がかかり、疲れる。
・書くことを嫌がる、または避ける傾向がある。
3.3 算数の困難(ディスカリキュリア)
・数の概念(大きい、小さい、多い、少ないなど)の理解が難しい。
・数字の読み書きや、数の順序を覚えることが難しい。
・繰り上がり、繰り下がりのある計算が苦手。
・文章問題の意味を理解し、どのように計算すれば良いかわからない。
・時計の読み方、お金の計算、単位の換算などが苦手。
・数学的な推論や問題解決が難しい。
・算数や数学を嫌がる、または避ける傾向がある。
4. 診断
学習障害の診断は、医学的な検査だけで行うことはできません。
通常、以下の情報を総合的に評価して行われます。
・発達歴と学習歴の聴取: 出生から現在までの発達の様子、学校での学習状況、家庭での学習の様子などを詳しく聴取します。
・心理検査: 知能検査(IQテスト)や、特定の学習能力(読字、書字、算数)を評価するための標準化された心理検査を実施します。
学習障害の診断には、知的発達に遅れがないにもかかわらず、特定の学習能力において有意な困難を示すことが重要です。
・教育評価: 学校の成績、担任の教師からの情報、教育的なアセスメントなどを参考に、学習における具体的な困難を把握します。
・医学的評価: 視力や聴力など、学習に影響を与える可能性のある身体的な要因を除外するために、必要に応じて眼科や耳鼻咽喉科などの専門医による診察を行います。
また、他の発達障害(ADHD、自閉スペクトラム症など)や精神疾患との鑑別も重要です。
診断は、医師、心理士、特別支援教育の専門家などが連携して行うことが望ましいです。
5. 合併症と関連する問題
学習障害を持つ人々は、学習面だけでなく、心理社会的な面においても様々な困難を抱えることがあります。
・二次的な心理的問題: 学習の遅れや失敗体験の積み重ねにより、自己肯定感の低下、不安、抑うつ、不登校などの二次的な心理的問題が生じることがあります。
・注意欠陥・多動性障害(ADHD): 学習障害とADHDは併存することが多く、注意散漫さや多動性、衝動性などが学習の困難をさらに悪化させる可能性があります。
・自閉スペクトラム症(ASD): 学習障害はASDを持つ人々にも見られることがあります。コミュニケーションや社会性の困難さに加えて、学習面での特別な支援が必要となる場合があります。
・感覚過敏: 特定の感覚刺激に過敏さを持つことがあり、学習環境への適応に影響を与えることがあります。
・運動の不器用さ(発達性協調運動症): 書字の困難さに関連して、手先の不器用さや全身の運動のぎこちなさが見られることがあります。
6. 支援と介入
学習障害に対する根本的な治療法は現在のところありませんが、適切な支援と介入を行うことで、学習上の困難を軽減し、その人の持つ力を最大限に引き出すことが可能です。
・早期発見と早期介入: できるだけ早期に学習障害の可能性に気づき、適切な支援を開始することが重要です。
早期の介入は、その後の学習発達や心理社会的な適応に大きな影響を与えます。
・個別支援計画(IEP): 一人ひとりの学習ニーズや困難に合わせて、具体的な目標や支援方法を盛り込んだ個別支援計画を作成し、実施します。
◆学習方法の工夫:
・読字の困難に対して: 音声教材の活用、文字を大きく表示する、行間を広く取る、指でなぞりながら読む、音韻認識の訓練など。
・書字の困難に対して: 太めの鉛筆や滑りにくい筆記具の使用、方眼ノートの使用、パソコンやタブレットの活用、口頭での表現を促すなど。
・算数の困難に対して: 具体物(ブロックやおはじきなど)を使った視覚的な説明、図やグラフの活用、計算機の使用、指を使った計算の許可など。
・マルチモーダルな学習: 視覚、聴覚、触覚など、様々な感覚を使った学習を取り入れることで、理解を深めることができます。
・テクノロジーの活用: 音声読み上げソフト、テキスト読み上げソフト、スペルチェッカー、計算ソフトなど、学習を支援する様々なテクノロジーを活用します。
・心理的なサポート: 学習の成功体験を積み重ね、自己肯定感を育むためのカウンセリングや励ましが重要です。
必要に応じて、不安や抑うつに対する心理療法を行うこともあります。
・保護者や教師との連携: 家庭と学校が連携し、一貫した支援を行うことが不可欠です。
学習障害に関する正しい知識を持ち、理解と協力体制を築くことが重要です。
・特別支援教育: 学校における特別支援学級や特別支援学校、地域の療育機関など、専門的な支援を提供するリソースを活用します。
7. 予後と社会生活
学習障害は生涯にわたる特性であり、完全に消失するものではありません。
しかし、適切な支援と早期の介入によって、学習上の困難を克服し、得意な分野を伸ばすことで、多くの方が社会の中で自立し、活躍することができます。
重要なのは、学習障害を単なる「学習の遅れ」や「努力不足」と捉えるのではなく、脳機能の特性によるものであるという理解を持つことです。
その上で、一人ひとりのニーズに合わせたきめ細やかな支援を提供していくことが、学習障害を持つ人々の可能性を最大限に引き出す鍵となります。
学習障害を持つ人々は、特定の分野で優れた能力を発揮することもあります。
例えば、空間認識能力や視覚的な処理能力が高い、創造性豊かである、粘り強いといった特性を持つ人もいます。
これらの強みを活かしながら、苦手な部分をサポートしていくことが、彼らが充実した人生を送る上で重要となります。
社会全体が学習障害に対する理解を深め、誰もが学びやすい環境を整備していくことが、今後の課題と言えるでしょう。
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車 重徳