WISC-Ⅴを授業や指導に活かす方法|教員向け解説
特別支援教育の現場で奮闘されている先生方、そして子どもたちの成長を支える療育スタッフの皆さま、いつもお疲れ様です。
WISC-Ⅴ(ウェクスラー児童用知能検査 第5版)の結果は、発達障害や学習上の困難を抱える子どもたちの「認知特性」を深く理解するための最も強力な鍵です。しかし、検査結果報告書に並ぶ専門用語や複雑な数値を前に、「この子の『得意』と『苦手』はわかったけれど、具体的に明日の授業で何をどう変えればいいのか*という疑問に直面することも少なくないでしょう。
この記事では、WISC-Ⅴ検査の結果を単なる「診断の根拠」としてではなく、子ども一人ひとりの「学習マニュアル」として最大限に活用し、個別最適な指導(個別指導計画:IEP)や合理的配慮へとつなげるための、実践的かつ具体的なノウハウを、専門家の視点から徹底的に解説します。
1. WISC-Ⅴ検査の「凸凹」を理解する:支援の羅針盤としての認知特性
WISC-Ⅴ検査の真価は、知的能力全体を示す全検査IQ(FSIQ)よりも、五つの主要な認知領域における得点の「凸凹」、すなわち指標間のばらつきにあります。発達障害のある子どもの多くは、全体的な知能水準は平均的であっても、これらの指標間で大きな差(得点差)が見られます。この認知機能のアンバランスこそが、学習や日常生活における**「困り感」**の根本原因となっていることがほとんどです。
WISC-Ⅴ検査で評価される五つの主要指標は、子どもが情報を「どのように取り入れ、考え、表現するか」という認知プロセスの具体的な側面を映し出しています。
WISC-Ⅴの五つの主要指標とその役割
1. 言語理解指標(VCI): 言葉の意味を理解し、語彙を使って知識を構築し、言葉で概念を考える力。授業での説明、文章読解、口頭でのやり取りの基礎となります。
2. 視空間指標(VSI): 視覚情報を瞬時に捉え、図形や空間的な関係を正確に理解する力。図形問題、地図の理解、板書の構造把握、書字・描画のスキルに関わります。
3. 流動性推理指標(FRI): 新しい情報やルールを見つけ出し、論理的に考える力。応用問題、抽象的な概念の理解、問題解決能力、算数や理科の推論に関わります。
4. ワーキングメモリー指標(WMI): 一時的に情報を心の中で保持し、操作する力。先生の口頭指示を覚えて実行する、計算の途中の数字を覚えておく、複雑な課題の手順を管理する力に関わります。
5. 処理速度指標(PSI): 単純な視覚情報を素早く正確に処理する力。テストやドリルを時間内に終える、板書を書き写す、複数の作業を並行して行うといった学習効率に直結します。
指導を計画する教員やスタッフは、まずこの五つの指標の中で「最も高い指標(強み)」と「最も低い指標(弱み)」を特定することから始めます。これが、個別指導計画の「戦略マップ」となるのです。
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2. 弱み(苦手)を補う具体的な指導・配慮の戦略
WISC-Ⅴ検査の結果を活用する際の基本戦略は、「苦手な部分を無理に克服させようとすること」よりも、「得意な部分の力を最大限に活かして、苦手な部分を補う(代償する)ための環境調整や指導法を導入すること」です。以下に、各指標が「弱み」であった場合の具体的な指導上の配慮を解説します。
2-1. 【VCI 言語理解指標が低い場合】の指導戦略
言葉による理解や表現に困難がある場合、知識の定着や概念理解が妨げられがちです。
配慮① 視覚情報の活用を必須に: 口頭での指示や説明だけでなく、図、写真、イラスト、具体物、文字など、言葉以外の視覚的な情報を必ずセットで提示します。新しい概念を教える際は、言葉を最小限に抑え、図解を徹底します。
配慮② 言葉の簡素化と構造化: 複雑な比喩表現や長い文は避け、指示は短く、主語と述語を明確にして一つずつ伝えます。新しい語彙や専門用語は、その都度意味を明確にし、語彙リストや用語集を作成して復習の機会を設けます。
配慮③ 質問の工夫: 質問する際も、「なぜ?」「どうして?」といった抽象的な質問よりも、「この絵は何を表している?」「〇〇を□□に置き換えるとどうなる?」といった、具体的で手がかりのある質問を心がけます。
2-2. 【VSI 視空間指標が低い場合】の指導戦略
図形や空間の把握、板書の構造理解、書字などに困難がある場合、特に算数・数学や理科、美術などの学習でつまずきやすくなります。
配慮① 言語によるナビゲーション: 図形やグラフ、地図などを扱う際には、言葉で構造やポイントを丁寧に説明します。「この線は南北を表すよ」「このパーツとこのパーツを組み合わせるよ」などと、言語的な手がかり**を与えます。
配慮② 板書・ノートの負担軽減: 黒板全体を構造的に捉えるのが苦手なため、穴埋め式のプリントや、重要な箇所だけを大きく枠で囲った資料を配布し、書き写しの量を減らします。ノートは罫線や枠を活用し、書く場所を明確に指示する構造化が必要です。
配慮③ 立体的なサポート: 立体的な概念を教える際は、絵や図だけでなく、実際に手で触れることのできる具体物や模型を活用し、操作を通して理解を促します。
2-3. 【FRI 流動性推理指標が低い場合】の指導戦略
新しい情報からルールを見つけたり、応用問題を解いたり、論理的に思考したりすることが苦手な場合、学習内容が抽象化・複雑化する高学年で困難が増しがちです。
配慮① 問題解決のフレームワーク化: 問題に取り組む前に、「まず何が問題かを明確にする」「次に使える情*を洗い出す」「最後に手順を考える」といった、思考のプロセス(手順)を言語化し、そのフレームワークに沿って取り組ませる習慣をつけます。
配慮② 具体例からのスモールステップ: 新しいルールや概念を教える際は、抽象的な説明から入らず、まず具体的な事例や操作可能な教材(ブロックなど)を使い、ルールを体験させてから、徐々に言葉や数式に結びつけます。
配慮③ プロセスへの着目: 課題の正誤だけでなく、「なぜその答えになったか」の思考プロセスを段階的に言葉で教え、誤った推論を訂正する機会を重視します。
2-4. 【WMI ワーキングメモリー指標が低い場合】の指導戦略
口頭での指示の記憶、複雑な課題の実行、途中の手順の保持に困難がある場合、集中力の低下や課題の失敗につながりやすいです。
配慮① 指示の段階化と視覚化: 複数の指示を一度にせず、指示は「一つ」ずつ、それが終わってから次の指示を出すようにします。指示を必ずメモやチェックリスト、視覚的な手順表などで提示し、記憶への負担を外部に委ねます。
配慮② 復唱と確認の習慣: 重要な指示は必ず子どもに復唱させ、理解度と記憶への定着を確認します。この復唱は、記憶を保持・操作するトレーニングとしても機能します。
配慮③ 環境と時間の調整: 課題の途中で記憶が途切れないよう、気が散る要素(雑音、視覚的な刺激)を減らし、集中できる環境を整備します。複雑な課題は、小分けにして休憩を挟むようにします。
2-5. 【PSI 処理速度指標が低い場合】の指導戦略
単純な作業を素早くこなすことが苦手な場合、学習内容が難しくなくても、時間がかかりすぎることで疲労や意欲の低下を招きがちです。
配慮① 時間延長と課題量の調整**: テストやドリル、板書を伴う課題などの**時間を延長する、または課題の量を減らす**といった「時間的・量的配慮」を行います。「正確さ」を優先し、「速さ」のプレッシャーを軽減します。
配慮② インプット・アウトプットの効率化: 黒板からの書き写しを免除し、教師が用意したプリントやデータを利用させます。記述式の課題を減らし、選択式やマークシート形式を増やすことも有効です。
配慮③ ツール・機器の活用: 書く速度が遅い場合は、PCやタブレットなどのICT機器を活用し、タイピングや音声入力でアウトプットできるようにすることも合理的配慮の一つです。
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3. WISC-Ⅴの「強み」を活かす:モチベーションと代償戦略
WISC-Ⅴ検査の結果を指導に活かす上で、「弱み」のサポート以上に重要なのが、子どもが持つ「強み」を最大限に引き出すことです。強みは、苦手な課題に取り組む際のモチベーションの源泉となり、また、弱みを**「代償(補う)」ための強力なツールとなります。
3-1. 強みを「学習のインプット・アウトプット様式」に活かす
VCI(言語理解)が高い場合:
活かし方: 言葉による説明や読解、ディベート、発表など、言語的な活動を積極的に行わせ、成功体験を積ませます。VSI(視空間)が苦手な場合でも、図を見て悩むよりも、言葉で手順を説明してもらうことで理解を深めます。
VSI(視空間)が高い場合:
活かし方: 視覚的な情報をインプットの主軸にします。WMI(ワーキングメモリー)が低い場合でも、口頭の指示ではなく図やイラストで手順を示せば、正確に作業をこなせることが多くあります。立体模型の作成や視覚的な資料の整理係など、得意な活動で活躍の場を作ります。
WMI(ワーキングメモリー)が高い場合:
活かし方: 複雑な指示を記憶・操作する力があるため、問題解決のロジックや手順を明確に言語化し、それを記憶させて取り組ませます。FRI(流動性推理)が苦手な場合でも、パターンや手順を記憶することで、課題をクリアしやすくなります。
3-2. 療育と学校での「強み」の連携
放課後等デイサービスや児童発達支援といった療育の場では、「強み」を活かした活動を意図的にカリキュラムに組み込むことが重要です。
例えば、学校でPSI(処理速度)の低さから評価や自尊心が低下している子どもがいたとします。もしその子のVSI(視空間)が高ければ、療育の場では時間を気にせず取り組めるレゴブロックや立体パズル、プログラミングといった活動を提供します。療育で「自分はこれが得意だ」という成功体験と自己肯定感を育むことで、学校での苦手な課題に取り組むための精神的なエネルギー源を養うことにつながります。
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4. WISC-Ⅴ検査をIEP・合理的配慮につなげる連携の極意
WISC-Ⅴ検査の結果を現場の指導に活かすには、学校、家庭、療育機関の密接な連携が不可欠です。
4-1. 特別支援コーディネーターの「翻訳」と「調整」
特別支援コーディネーターは、WISC-Ⅴ検査の結果を「実践可能な支援策」に翻訳し、関係者間で共有するハブとしての役割を担います。
翻訳の具体化: 「WMIが低い」という情報を、単に「記憶が苦手」で終わらせず、「口頭で三つ以上の指示を出すと混乱するため、必ずホワイトボードに箇条書きにするという配慮を導入する」といった具体的な行動指針に落とし込みます。
一貫性の確保: 家庭や療育機関に対しても、学校で採用している具体的な指導方法やツール(例:視覚的なタイマー、メモツールの使用方法)を共有し、一貫した関わりが持てるよう調整します。
4-2. 記録の活用:IEPへの反映
WISC-Ⅴ検査の結果で特定された「強み」と「弱み」は、個別指導計画(IEP)における「本人の実態把握」の核となります。IEPの「支援内容」の欄には、以下の要素を具体的に記述します。
学習環境の調整: 処理速度が低い子への「時間延長」や「板書免除」といった合理的配慮。
指導方法の調整**: 視空間が低い子への「言語による説明の補足」や「具体物の活用」。
代償戦略の指導: ワーキングメモリーが低い子への「メモやチェックリスト作成の習慣付け」の指導。
これらの具体的な配慮がIEPに明記されることで、異動で担当教員が変わっても、一貫した支援が継続的に提供されることが保証されます。
5. まとめ:WISC-Ⅴ検査は子どもを理解し、力を伸ばすための設計図
WISC-Ⅴ検査の結果は、私たち支援者が子どもを「能力の偏り」という観点から深く理解するための、非常に精緻な「設計図」です。単に苦手なことに焦点を当てるのではなく、強みを活かした指導法を見つけ出すことで、子どもたちは「自分はできない」という経験を「やり方を変えればできる」という成功体験へと変えることができます。
特別支援学級の先生方、コーディネーター、そして療育スタッフの皆様が、このWISC-Ⅴ検査の情報を日々の指導に最大限に活かし、すべての子どもたちの潜在能力を引き出すための環境をデザインできるよう、私たち専門家も引き続き、現場に役立つ情報提供に努めてまいります。
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