スウェーデンのカロリンスカ研究所をはじめとする複数の研究機関から、発達障害、特に自閉スペクトラム症(ASD)や注意欠陥・多動症(ADHD)、知的障害を伴う方々の平均寿命が一般人口と比較して有意に短いという、非常に憂慮すべき研究結果が示されています。
この寿命の差は、単一の原因によるものではなく、生物学的、精神医学的、社会的、そして環境的な複数の要因が複雑に絡み合い、相互に影響し合っている結果と考えられます。
以下に、その理由として考えられる主要な要因を詳しくご説明いたします。
1. 医療・健康管理における構造的な障壁(健康格差)
発達障害を抱える人々が、一般の人々と同様に適切な医療サービスを受けられない「健康格差」は、寿命短縮の最も重要な構造的要因の一つです。
1-1. 診断の遅れと誤診
発達障害の特性(コミュニケーションの困難さ、症状の非定型的な表現、認知の特性など)により、身体的な病気の症状を正確に医療従事者に伝えることが難しい場合があります。
症状の表現の困難さ:
痛みや不調を具体的に、あるいは定型的な言葉で訴えることができず、周囲や医療者に見過ごされやすいです。例えば、深刻な腹痛を「なんか変」としか表現できないことがあります。
感覚過敏/鈍麻:
痛みの感じ方が非定型であるため、重大な病気であっても痛みを過小評価したり、逆に軽微な刺激に過剰に反応したりすることで、病状の正確な評価が難しくなります。
診断のバイアス:
医療従事者が発達障害の特性に詳しくない場合、「精神的なもの」「気のせい」として身体疾患の訴えを軽視したり、発達障害による二次障害(不安、気分変動など)として誤って解釈したりする**診断的バイアス**が生じることがあります。
これにより、がん、心血管疾患、消化器疾患などの重篤な身体疾患の診断や治療が遅れ、予後が悪化し、結果として寿命を縮めることにつながります。
1-2. 医療アクセスへの障壁
発達障害を持つ人々は、医療機関を受診すること自体に大きな困難を感じることが多いです。
感覚過敏によるストレス:
待合室の騒音、強い照明、病院特有のにおい、検査による身体的接触などが、感覚過敏によって耐え難いストレスとなり、受診を避ける原因となります。
予期せぬ変化への不安:
診察や検査の手順、待ち時間などが予測できないことに強い不安を感じ、受診を中断したり、初めから拒否したりすることがあります。
医療情報の理解の困難さ:
医師からの説明が抽象的であったり、専門用語が多かったりすると、病状や治療計画を十分に理解できず、治療への同意や服薬の遵守(アドヒアランス)が困難になることがあります。
2. 併存する身体疾患と精神疾患のリスク増大
発達障害は、それ自体が直接的な死因となることは稀ですが、他の重篤な疾患を併存するリスクが高いことが、寿命短縮の大きな要因となっています。
2-1. 身体的な併存疾患
特定の発達障害は、生理学的・遺伝的要因から、特定の身体疾患の有病率を高めることが知られています。
てんかん:
知的障害やASDを伴う場合、てんかんの併存率が非常に高くなります。てんかん発作による事故(転倒、溺水など)のリスクに加え、**SUDEP**(てんかんによる予期せぬ突然死)のリスクが増加します。
心血管疾患:
特にADHDでは、若年からの衝動的な行動やリスクテイキング(喫煙、過食など)が生活習慣病につながりやすく、さらに一部のADHD治療薬の副作用や、遺伝的要因から、高血圧や心筋梗塞などの心血管疾患のリスクが高いという研究結果が示されています。
消化器系の問題:
ASDでは、食事の偏り(偏食)や腸内細菌叢の異常などから、慢性的な便秘や胃腸炎といった消化器系の問題を抱える人が多いです。
呼吸器疾患:
運動不足や肥満、喫煙などの生活習慣の問題から、呼吸器疾患のリスクも高まります。
2-2. 精神的な併存疾患(二次障害)
社会的な困難やストレスへの脆弱性から、一般人口よりも遥かに高い確率で精神疾患を併発します。
これらは「二次障害」とも呼ばれ、自殺リスクを大幅に高めることが寿命短縮の直接的な要因となります。
うつ病・双極性障害:
社会的な孤立、対人関係の失敗、自己肯定感の低下、職場や学校での不適応が慢性的なストレスとなり、うつ病を発症するリスクが非常に高いです。うつ病は希死念慮や自殺行動の主要な引き金となります。
不安障害・パニック障害:
特性による過剰な心配や予期せぬ状況への脆弱性から、全般性不安障害やパニック障害を併発しやすいです。
物質使用障害:
ストレスや不快感を和らげるために、アルコールやニコチンなどの物質に依存しやすくなる傾向があります。物質乱用は、身体疾患のリスクを高め、衝動的な行動や事故、自殺のリスクをさらに増幅させます。
3. 社会的・環境的要因と生活の質の低下
発達障害を抱える人々は、社会の中で生きる上で避けがたい慢性的なストレスと孤立に直面し、それが心身の健康を蝕みます。
3-1. 事故・外傷による死亡リスク
カロリンスカ研究所の研究をはじめ、複数のデータが発達障害を持つ人々の事故や外傷による死亡率の高さを指摘しています。
判断力の困難さ:
危険を正確に察知したり、瞬時に状況判断を下したりする能力の特性から、交通事故、不慮の転落、溺死などのリスクが高まります。特に知的障害を伴う場合や、衝動性の高いADHDの場合に顕著です。
自殺:
前述の二次障害(うつ病など)の結果として、自殺率が一般人口の数倍に上ることが報告されています。これは、精神的な苦痛の深さと、孤立、将来への絶望感の強さを示しています。
他害・自傷行為:
重度の障害を持つ場合、衝動的な自傷行為や他者からの暴力(虐待やいじめ)の被害に遭うリスクも無視できません。
3-2. 慢性的なストレスとアロスタシス負荷
発達障害特性を持つ人は、社会生活の様々な場面で「生きづらさ」という形で、常に高いレベルのストレスに晒されています。
対人関係の摩擦:
非定型的なコミュニケーションや社会的なルールの理解の困難さから、対人関係のトラブルや孤立を経験しやすく、いじめやハラスメントの被害に遭うリスクも高いです。
環境への不適応:
学校や職場などの環境が特性に合わないことで、常に努力や我慢を強いられ、慢性的な心理的・生理的ストレス(アロスタシス負荷)がかかります。この負荷は、副腎皮質ホルモン(コルチゾール)の過剰な分泌など、身体の恒常性(ホメオスタシス)を崩し、免疫機能の低下や、心臓血管系への悪影響を通じて寿命を短縮させる一因となります。
3-3. ライフスタイル・経済的要因
生活習慣の偏り:
食事の偏り(偏食)、運動不足、睡眠障害などが生じやすく、肥満、糖尿病、高脂血症などの生活習慣病のリスクを高めます。
社会的孤立と経済的困難:
就労が不安定になりやすく、経済的な困窮に陥るリスクが高いです。低所得は、栄養状態の悪化、住環境の悪化、そして適切な医療へのアクセスの更なる制限につながり、健康を維持することを極めて困難にします。また、孤独感や社会的サポートの欠如は、精神的な健康を著しく損ないます。
4. 薬物療法の影響と多剤併用
精神疾患の併発率が高いことから、発達障害を持つ人々は、向精神薬などの多剤併用療法(ポリファーマシー)を受けていることが多いです。
薬剤の副作用:
抗精神病薬、抗うつ薬、気分安定薬など、精神科で使用される薬剤の中には、代謝系に影響を与え、体重増加、糖尿病、高脂血症、心電図異常(QT延長など)のリスクを高めるものがあります。これらの副作用が、心血管疾患の発症を早める要因となる可能性があります。
相互作用:
複数の薬物を服用することによる薬物間の相互作用が、予期せぬ重篤な副作用や肝臓・腎臓への負担を増大させ、体調の悪化につながる
ことがあります。
まとめ
発達障害を持つ人々の平均寿命が短いという事実は、障害そのものの本質的な問題というよりは、障害特性に対する社会の理解と支援体制の不足、そしてそれに起因する複合的な健康格差の現れであると、私たちは重く受け止める必要があります。
寿命短縮の主要な要因は、
1. 医療アクセスと診断の遅れによる身体疾患の重篤化
2. 慢性的なストレスと社会的孤立による精神疾患(二次障害)の併発、特に自殺リスクの増大
3. てんかんや心血管疾患などの併存疾患のハイリスク
4. 事故や外傷による死亡率の高さ
が複雑に絡み合った結果です。
この課題に対処するためには、医療従事者の発達障害に対する理解の向上、環境整備による医療アクセス(ユニバーサルデザイン)の改善、早期からの精神的サポートとストレス軽減策の導入、そして社会全体の受容的な雰囲気の醸成が不可欠です。
専門職として、私たちは、この「不公平な早逝」をなくすために、より包括的で個別化されたサポートを提供していく責任があります。
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発達障害ラボ
車 重徳