発達に課題のあるお子さんの問題行動に対して、「わがままなのか、発達上の特性なのか」という問いは、保護者の方々が最も苦悩され、また我々専門家が最も慎重に取り組むべき課題です。
私はベテランの専門家として、この判断を下す際の臨床的な視点、鑑別基準、そして具体的なアセスメントの手順について、詳細かつ網羅的にご説明します。
★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆
《詳しくWISC-Ⅴ検査を読み取って欲しい方は下記まで》
★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆
1. 臨床的判断の基本原理:行動の「背景」を探る
行動を「わがまま」と断じることは、その行動の機能(Function)を見落とし、単に表出(Form)のみを評価することに繋がります。
臨床心理学と精神医学の基本は、「行動には必ず意味がある」という視点です。
1-1. 「わがまま」と「特性」の定義の再構築
概念 | 従来の捉え方 | 臨床的な捉え方 |
わがまま | 自己中心的な欲求の過剰な主張、他者への配慮の欠如、躾の失敗 | 意図的な制御の失敗、あるいは学習された不適切な行動パターン(衝動制御の課題、適切な要求伝達スキルの欠如) |
発達特性 | 生まれつき持っている脳機能の偏り、診断名に付随する症状 | 認知・感情・社会性の処理システムにおける質的な違い(例:感覚過敏、心の理論の困難、遂行機能の弱さ) |
重要な視点:
多くの問題行動は、「わがまま」か「特性」の二者択一ではなく、「特性」によって生じた認知の偏りが、「環境」との相互作用を経て、「わがまま」に見える不適応な行動パターンとして「学習」されてしまった、という複雑な経緯をたどります。
1-2. 鑑別の鍵:行動の「意図性」と「可変性」
私たちが最も注力するのは、その行動が「意図的かつ随意的な選択によるものか」、それとも「発達上の限界や自動的な脳機能の反応によるものか」という点です。
1. 意図性(Intentionality):
行動を「やめようと思えばやめられるか」。特性による行動(例:パニック、常同行動)は、本人の意思や努力で制御することが極めて困難です。
2. 可変性(Variability):
行動が「環境や状況によって柔軟に変化するか」。
3. 特性:
特定の感覚刺激や予測不能な状況下で一貫して生じます(例:騒音下での耳塞ぎ)。
4. わがまま(学習された不適応):
特定の人、場所、あるいは行動の結果(報酬)によって選択的に生じます(例:特定の大人にだけ癇癪を起こし、要求を通そうとする)。
★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆
《詳しくWISC-Ⅴ検査を読み取って欲しい方は下記まで》
★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆
2. 発達特性に起因する行動を見極める四つの視点
問題行動が発達上の特性に根ざしているかを判断するために、以下の四つの重要な領域から行動を評価します。
2-1. 認知・推論の偏り(自閉スペクトラム症など)
① 心の理論(ToM)の困難
行動の様相:
他者の意図や感情を読み取れず、不適切な発言や行動をしてしまう。集団のルールや雰囲気を理解できず、場違いな行動をとる。
鑑別点:
ルールが明確に提示されても、そのルールの「背後にある意図」や「他者の気持ち」を考慮することが困難。単なる「ルール破り」(わがまま)ではなく、「ルールの社会的な意味」を理解できない。
② 実行機能(EF)の困難
行動の様相:
予定変更や不測の事態への対応(認知的柔軟性の低さ)が困難で、パニックや強い抵抗を示す。衝動的に行動し、結果を予期できない。
鑑別点:
変化や移行の際に、事前に予告されていてもなお強い動揺や抵抗が見られる場合、脳の切り替え機能の弱さが示唆されます。「わかっているけど、体が動かない、頭が切り替わらない」という状態です。
2-2. 感覚処理の特異性(ASDなど)
③ 感覚過敏・鈍麻
行動の様相:
特定の音や光、肌触り、匂いに対して強い拒否反応(パニック、逃避)を示す(過敏)。あるいは、危険を顧みず動き回る、強い刺激を求める(鈍麻)。
鑑別点:
行動が特定の感覚刺激と明確に結びついているか。例えば、聴覚過敏がある場合、特定の甲高い音を聞い瞬間に、要求が通らないこととは無関係に、反射的な苦痛反応として行動が誘発されます。これは要求とは無関係な「生き延びるための反応」です。
2-3. 注意・衝動性の課題(ADHDなど)
④ 衝動制御の困難
行動の様相:
順番を待てない、授業中に席を立つ、他者の話を遮る、危険な行動を衝動的にとる。
鑑別点:
報酬や罰のシステムに関わらず、衝動的な行動が頻繁かつ制御不能に生じるか。「待つことの認知的な難しさ」であり、これは前頭前野の機能に関わる特性です。「あとで良いものがあるから待とう」という論理的思考は可能でも、「今」の衝動を抑制する身体的な制御が困難なのです。
2-4. ストレス耐性の低さと二次的な問題
特性を持つ子どもは、上記の認知的な課題や感覚的な苦痛を日常的に抱えており、定型発達の子どもよりも常にストレス負荷が高い状態にあります。
行動の様相:
些細なことで癇癪を起こす、すぐに諦める、他罰的になる。
鑑別点:
これは「わがまま」に見えますが、根本的には「エネルギー切れ」や「認知的キャパシティの限界」であることが多いです。「我慢の貯金箱」が既にいっぱいの状態であり、わずかな要求や不満で溢れてしまうのです。
★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆
《詳しくWISC-Ⅴ検査を読み取って欲しい方は下記まで》
★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆
3. 専門家による「鑑別評価」の具体的な手順
問題行動が「特性」に根ざすのか、「学習された不適応」(わがままに見える行動)なのかを判断するために、我々は以下の手順で包括的な評価を行います。
3-1. 行動の機能分析(Functional Behavior Assessment: FBA)
FBAは、行動の「先行条件(A: Antecedent)」、「行動(B: Behavior)」、「結果(C: Consequence)」を詳細に分析し、行動の機能(目的)を特定する手法です。
機能(目的) | 行動の具体例 | 特性との関連 |
注目(Attention) | 癇癪を起こし、親が駆け寄る | 「わがまま」要素が強いが、特性によるコミュニケーションスキルの欠如から、不適切な方法を選択している可能性あり。 |
要求の獲得(Tangible) | お菓子が欲しくて床に寝転がる、泣き叫ぶ | 「わがまま」要素が強いが、衝動性の課題や適切な要求スキルの欠如が背景にある可能性あり。 |
回避・逃避(Escape) | 宿題を指示された途端、大声を出して逃げる | 実行機能の困難(計画性、作業開始の困難)や感覚過敏(環境のストレス)による苦痛からの逃避。特性の可能性が高い。 |
感覚刺激の獲得(Sensory) | 強い光を直視する、手をひらひらさせる | 感覚調整の困難(特性そのもの)。最も「わがまま」から遠い行動。 |
3-2. 複数の情報源からの検証
行動の背景を多角的に検証します。
1. 詳細な行動観察:
✅いつ、どこで行動が起きるか(場所や時間帯の一貫性)
✅誰といる時に起きるか(人によって行動が変わるか)
✅強さ、頻度、継続時間の客観的な測定
✅特定の感覚刺激が先行していないか
2. 標準化された検査(心理検査):
✅認知機能(WISCなど):認知能力の偏り、特に処理速度、作動記憶、知覚推理などの弱さを客観的に把握
✅遂行機能(D-KEFSなど): 計画性、認知的柔軟性、衝動抑制などの機能を評価
✅感覚プロファイル(Sensory Profileなど): 感覚処理の特異性を定量的に評価
3. 生育歴と医学的側面:
✅乳幼児期からの発達の経過、特に**定型発達からの逸脱が見られた時期**を確認
✅合併する精神医学的な問題(不安障害、抑うつ、愛着障害など)がないかを鑑別
★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆
《詳しくWISC-Ⅴ検査を読み取って欲しい方は下記まで》
★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆
4. 治療的介入による「試行錯誤的鑑別」
臨床の現場では、行動の背景を完全に特定できない場合もあります。その際、我々は治療的な介入を通じて、その行動が「特性」によるものなのか、「学習」によるものなのかを試行錯誤的に鑑別していきます。
4-1. 環境調整と構造化の導入
まず、特性に対応する環境調整を徹底します。
例:
聴覚過敏が疑われる場合は、ノイズキャンセリングヘッドホンを許可する。衝動性が疑われる場合は、指示を細かく区切る。
判断基準:
環境調整(特性への配慮)を行ったにも関わらず、行動が改善しない、あるいは別の形で不適応行動が残る場合、「学習された不適切な行動」や「二次的な情緒的問題」の要素がより強いと判断されます。
4-2. スキル獲得のための指導(教育的介入)
問題行動の代わりに、適切な代替行動(Alternative Behavior)を教え、獲得させます。
例:
癇癪(回避機能)の代わりに、「休憩が欲しい」と伝えるスキルを教える。
判断基準:
代替スキルを教えることで、適切な行動が選択できるようになる場合、元の行動はスキル不足(特性)または学習された不適応によるものであり、「わがまま」というよりは「適切な方法を知らなかった」と解釈されます。
4-3. 行動療法(機能に基づく介入)の実施
FBAで特定された行動の機能に基づき、その行動が強化されないように介入します。
例:
注目要求の癇癪であれば、癇癪時には注目せず、適切な方法で要求ができた時にのみ注目を与える。
判断基準:
この介入により行動が減少した場合、その行動は環境の結果によって維持されていた(学習された)と判断されます。
★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆
《詳しくWISC-Ⅴ検査を読み取って欲しい方は下記まで》
★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆
5. 臨床家としての最終的な見解と姿勢
「わがまま」という言葉は、しばしば「努力が足りない」「躾がなっていない」という非難のニュアンスを含みます。しかし、ベテランの臨床家、専門家として、私はこの言葉を極力使用しません。
5-1. 行動を「発達上の課題」として捉え直す
我々の臨床的結論は、多くの場合、以下のようになります。
> 「この行動は、〇〇(診断名/特性)に起因する△△(認知機能/感覚処理)の困難によって、□□(環境要因)との間で生じた『適応の失敗』である。その結果、行動が〇〇(注目/回避など)によって強化され、不適切な形で維持されてしまった。」
この解釈は、行動を「直すべき課題」ではなく「理解すべきメッセージ」として捉え直すことを可能にします。
5-2. 保護者へのエンパワーメント
この判断過程を保護者の方々と共有することは、非常に重要です。
✅行動の背景に発達特性があることを理解することで、「自分の育て方が悪かったのではないか」という自責の念から解放されます。
✅行動が学習された不適応の要素を持つ場合でも、それは「わがまま」ではなく、「適切なスキルをまだ学んでいない」と捉え直し、具体的な支援策(スキル指導)に焦点を当てることができます。
発達に課題のあるお子さんの問題行動は、多くの場合、彼らがこの世界に必死に適応しようとした結果、生じたものです。我々専門家の役割は、その行動の背景にある「心の叫び」や「脳の特性」を科学的に分析し、罰ではなく理解に基づいた、効果的な支援の設計図を描くことにあるのです。
★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆
発達障害ラボ
車 重徳
★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆
《詳しくWISC-Ⅴ検査を読み取って欲しい方は下記まで》
★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆