近年、「子どもを叱らない」「できるだけ否定しない」「子どもの気持ちを最優先する」といった養育観を持つ保護者が増えていることは、教育・医療・心理の現場で明確に実感されます。
保護者自身は決して無関心でも怠慢でもなく、むしろ「子どものために良かれと思って」その選択をしています。
それにもかかわらず、結果として子どもが集団生活で困難を抱えたり、感情調整がうまくいかずトラブルを起こしたりするケースも少なくありません。
この矛盾は、どこから生まれているのでしょうか。
まず大きな背景として挙げられるのは、「叱る=心を傷つける」という認識の広がり です。
現代の保護者世代の多くは、自身の子ども時代に、強い叱責や体罰、人格否定的な言葉を経験してきました。
「泣くな」「甘えるな」「言うことを聞け」といった言葉が当たり前に使われていた家庭や学校も少なくありません。
その経験があるからこそ、今の親世代は「自分と同じ思いをさせたくない」「子どもの心を壊したくない」という強い動機を持っています。
叱らない選択は、過去の痛みへの反動 として生まれている側面があるのです。
さらに、心理学や脳科学の知見が一般にも広まり、「自己肯定感が大切」「否定されると脳が萎縮する」「叱るとトラウマになる」といった情報が、やや単純化された形で流通するようになりました。
本来、専門的には文脈や方法が極めて重要であるにもかかわらず、保護者の受け取り方としては、「叱ること自体が悪」「注意することは否定」という理解になりやすくなっています。
その結果、叱らないことが「心理的に正しい育児」であるかのように認識されていきます。
また、「子どもの自主性を尊重したい」という言葉の広がりも大きな要因です。
自主性や主体性は、確かに現代社会で非常に重視される能力です。
しかし本来それは、安全な枠組みと一貫したルールの中で育つもの です。
ところが、叱らない養育観の中では、「大人が介入しないこと」「子どもに委ねること」がそのまま自主性につながると誤解されがちになります。
その結果、本来は大人が示すべき境界線や社会的ルールまで、子どもに丸投げされてしまうことがあります。
ここで見落とされやすいのは、子どもは発達段階上、自分の行動が他者に与える影響を十分に想像できない存在 だという点です。
特に幼児期から学童期の子どもにとって、感情は衝動的に湧き上がり、それを抑制する脳の機能はまだ未熟です。
その段階で「あなたの気持ちを大切にしていい」「やりたいようにしていい」というメッセージだけが強調されると、子どもは「感情のまま行動してよい」と理解してしまうことがあります。
これは自主性ではなく、自己中心性の固定化 につながるリスクをはらんでいます。
加えて、現代の保護者は、常に「評価される親」であることを求められています。
SNSや育児書、周囲の目の中で、「叱る親=古い」「感情的な親=未熟」と見られる不安が強まっています。
そのため、叱ること自体が「親としての失敗」「愛情不足の証明」のように感じられてしまうのです。
結果として、保護者は子どもを叱るよりも、自分の行動がどう見られるかを無意識に優先してしまうことがあります。
また、発達障害やグレーゾーンという概念が広まったことも影響しています。
「叱っても意味がない」「特性だから仕方がない」「叱ると二次障害になる」という理解が進んだ一方で、それが拡大解釈され、「困った行動には一切触れない方がよい」「注意すること自体が不適切」という極端な対応につながる場合があります。
本来、特性理解と行動の枠組みづくりは両立すべきものですが、そのバランスが崩れてしまうのです。
臨床の現場でよく見られるのは、「叱らない親」の多くが、実は とても不安が強い という点です。
子どもを傷つけてしまうのではないか、将来取り返しがつかなくなるのではないか、親子関係が壊れてしまうのではないか。
その不安が、「何も言わない」「介入しない」という形で表現されます。
つまり、叱らないことは、放任ではなく、不安の裏返しとしての過剰な配慮 であることが少なくありません。
しかし、子どもにとって本当に安心できるのは、「何をしても何も言われない環境」ではありません。
むしろ、「ここまでは大丈夫」「ここから先は止めてくれる」という、予測可能で一貫した大人の存在です。
叱らない養育の中で育った子どもが不安定になるのは、境界が曖昧で、自分がどこまで許されているのか分からなくなるからです。
これは、子どもの気持ちを大切にしていないのではなく、気持ちを受け止めた上で行動を導く機会を失っている状態 だと言えます。
最後に強調したいのは、「叱ること」と「怒鳴ること」「否定すること」は全く別物だという点です。
本来の「叱る」とは、子どもの感情を否定せずに、行動の結果と社会的意味を伝えることです。
しかしその区別が十分に共有されていないために、「叱らない方が安全」という選択が広がってしまいました。
現代の「叱らない親」が増えた背景には、過去の傷、情報の氾濫、社会的評価への不安、そして子どもを大切に思うがゆえの恐れがあります。
その根底には、親として失敗したくないという切実な思い があります。この構造を理解することなしに、「叱らない親は間違っている」と断じることは、問題の解決にはつながりません。
本当に必要なのは、「叱るか叱らないか」という二択ではなく、子どもの気持ちを尊重しながら、社会の枠組みを安全に教える方法 を、大人自身が学び直すことです。
その視点に立ったとき、初めて親も子どもも安心できる関係が築かれていきます。
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発達障害ラボ
車 重徳