発達障害のある人に依存症が多くみられる理由は、意志の弱さや性格の問題ではありません。
臨床の現場で見えてくるのは、発達特性がもたらす生きづらさと、依存行動が果たしてしまう「自己調整の役割」です。
依存症は多くの場合、快楽を求めた結果ではなく、苦痛を和らげるために選ばれてしまった手段として成立しています。
発達障害のある人は、日常生活の中で慢性的な不快感や緊張を抱えやすい傾向があります。
感覚過敏による疲労、対人関係での誤解や失敗、注意のコントロールの難しさ、先の見通しの立てにくさなどが重なり、心身は常に高ストレス状態に置かれがちです。
しかしその苦しさは外から見えにくく、周囲に理解されないまま「普通にやること」を求められ続けます。
この状態が続くと、脳と心は何らかの形で緊張を下げる方法を探し始めます。
そこで出会ってしまうのが、アルコール、ギャンブル、ゲーム、買い物、過食、薬物、SNSなどの依存対象です。
これらは一時的ではあっても、不安や孤独、緊張を確実に下げてくれます。
特にADHDの特性をもつ人は、報酬系の働きに偏りがあり、刺激や快感に対する反応が強く出やすいため、依存対象による「即時的な報酬」が非常に強力に感じられます。
一方でASD特性のある人では、予測可能で人との調整を必要としない世界に強い安心感を覚え、ゲームやネット、特定の行動への没頭が心の避難所になりやすいのです。
また、発達障害のある人は自己肯定感が低下しやすく、「自分はダメだ」「ここにいてはいけない」という感覚を抱えやすい傾向があります。
依存行動は、その否定的な自己感覚を一時的に忘れさせてくれる作用を持ちます。
酔っている間、没頭している間、賭けている間だけは、失敗や評価、対人関係の苦しさから解放されるため、脳はその状態を「生き延びるために必要なもの」と誤って学習してしまいます。
さらに重要なのは、発達障害のある人が「助けを求める経験」を十分に持たないまま成長しているケースが多いという点です。
困っても理解されなかった経験、相談しても叱責された経験が重なると、人に頼るよりも「物」や「行為」に頼る方が安全だと学習してしまいます。
依存症は、
人に依存できなかった人が、代わりに行動や物質に依存せざるを得なかった結果とも言えます。
神経生物学的にも、発達障害と依存症には重なり合う脆弱性があることが示唆されています。
衝動制御や報酬処理に関わる脳機能の特性は、ストレス下で依存行動に傾きやすくします。
ただし、これは「必ず依存症になる」という意味ではなく、環境的な支えやストレス緩和の手段が乏しい場合に、依存が選ばれやすくなるという理解が適切です。
臨床で繰り返し感じるのは、発達障害のある人の依存症は「快楽の追求」ではなく、「苦痛からの避難」であることがほとんどだという事実です。
したがって、依存行動だけをやめさせようとしても根本的な解決にはなりません。
背景にある生きづらさ、過剰な緊張、孤立、自己否定に目を向け、安心できる環境と人とのつながりを回復していくことが不可欠です。
専門家として強調したいのは、発達障害のある人に依存症が多いのは、その人が弱いからでも、自制心がないからでもなく、助けを求められる場所が少なすぎた結果として、依存が生き延びる手段になってしまったという点です。
適切な理解と支援があれば、依存症は予防も回復も十分に可能であり、発達障害のある人が安心して生きられる環境こそが、最大の依存症予防なのです。
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発達障害ラボ
車 重徳