臨床心理の専門家として、ご兄弟が連鎖するように不登校になっていく現象、いわゆる「不登校の連鎖」について、その深層心理と家族力学の観点からお話しいたします。
一人が学校に行けなくなると、もう一人も引きずられるように足が止まってしまう状況は、親御様にとって出口のないトンネルに入ったような深い不安を与えるものですが、これには怠けや甘えではなく、お子様なりの切実な心理的メカニズムが働いています。
まず大きな要因として挙げられるのは、家庭内の「心理的恒常性」の変化です。
一人の兄弟が不登校になると、家庭内の緊張感は一気に高まり、親御様の意識はどうしても不登校のお子様に集中します。
もう一人のお子様は、家庭という安全基地が揺らぎ、親が疲弊していく姿を間近で見続けることになります。
この時、学校で何らかのストレスを抱えていた場合、家庭という唯一の休息場所が「不登校問題を抱える重苦しい場所」に変わってしまうことで、本来持っていたはずの回復力が削がれ、登校を維持するエネルギーが枯渇してしまうのです。
また、「公平感の揺らぎ」と「学習された無力感」も影響します。
学校に通い続けているお子様は、無理をして頑張っている自分と、家で休んでいる兄弟を無意識に比較します。
「あの子は休んで守られているのに、なぜ自分だけが辛い思いをして学校に行かなければならないのか」という強い葛藤や不公平感が生じます。
この葛藤が限界を超えた時、頑張り続けてきた糸がプツリと切れてしまうのです。
これは単純な「羨ましい」という感情ではなく、自分だけが過酷な環境に置かれているという孤独感からくる「限界のサイン」と言えます。
さらに、発達の特性という遺伝的背景も無視できません。
ご兄弟であれば、感覚過敏や真面目すぎる完璧主義、対人関係の不器用さといった、不登校の背景となりやすい気質を共有していることが多くあります。
一人が不登校になることで、それまで「学校には行くものだ」という固定観念で辛うじて自分を律していたもう一人のお子様にとって、不登校が「自分を救うための選択肢」として可視化されてしまうのです。
加えて、心理学で言う「共鳴」という現象も起こります。
特に感受性の強いお子様の場合、兄弟が苦しんでいる姿を見て自分のことのように痛みを感じ、学校へ行くことへの罪悪感を抱くことがあります。
「自分だけが楽しんでいいのか」「自分だけが前進していいのか」という無意識のブレーキが、登校を阻む要因となるのです。
このように、不登校の連鎖は、家族という一つの生命体がバランスを保とうとしてもがき、時に共に倒れ込んでしまう、非常に健気で痛々しい適応の結果であることが多いのです。
私たちはこれを「連鎖」と呼んで恐れるのではなく、家族全体が休養を必要としている「システム全体のサイン」として受け止める必要があります。
まずは、頑張り続けているお子様の「静かな悲鳴」にいち早く気づき、登校していることへの感謝以上に、その子が抱えている心理的負担を積極的にねぎらうことが、さらなる連鎖を防ぐ鍵となります。
現在、登校を続けているお子様、あるいは最近休み始めたお子様は、親御様の前でどのような表情を見せ、どのような言葉を漏らしていますか。
その小さな変化の中に、今必要とされているケアのヒントが隠されています。
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発達障害ラボ
車 重徳