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478【人間関係】なぜ、暴行動画がSNSで拡散されても学校側はイジメの事実を否定するのか

 

臨床心理の視点から、証拠が明白であるにもかかわらず学校組織が「いじめ」の認定を回避しようとする、歪んだ組織心理と構造的な病理について解説いたします。

 

SNSで暴行動画が拡散されるという、客観的事実が白日の下にさらされている状況下で、なお学校が否定的な態度を取る背景には、保身という言葉だけでは片付けられない、根深い機能不全が潜んでいます。

 

 

 

 

まず、学校組織が陥りやすい「無謬性への執着」という心理的障壁があります。

 

多くの学校現場において、いじめの発生は「指導力の欠如」や「管理体制の不備」と直結して評価される傾向がいまだに根強く残っています。

 

いじめを認め、正式な調査を開始することは、組織としての失敗を公に認めることに等しいという恐怖心が働き、無意識のうちに事態を過小評価しようとする「正常性バイアス」が組織全体に蔓延します。

 

動画という動かぬ証拠があっても、それを「プロレスごっこだった」「過剰なふざけ合いだった」という文脈に置き換えようとするのは、組織のプライドを守るための絶望的な防衛機制なのです。

 

 

 

 

次に、法的な「定義」と「責任」を巡る回避行動が挙げられます。

 

いじめ防止対策推進法において、いじめは「心身の苦痛を感じているもの」と定義されていますが、暴行動画のような刑事事件に相当する事案であっても、学校はそれを「いじめ」と認定した瞬間に、重大事態としての報告義務や詳細な調査報告書の作成という、膨大な行政的責任を負うことになります。

 

教育委員会からの追及や保護者への説明責任を恐れるあまり、組織の維持を最優先し、被害生徒の苦痛を後回しにする「組織防衛」が働いてしまうのです。

 

これは、個々の教師の良心というより、官僚化された組織構造がもたらす集団思考の罠と言えるでしょう。

 

 

 

 

 

さらに、現代特有の「SNSへの恐怖と反発」も影響しています。

 

動画が拡散され、学校名が特定されて炎上するという事態は、学校にとってコントロール不可能な脅威です。

 

ネット上での私刑が加熱するほど、学校側は「被害者・加害者への配慮」という大義名分を隠れ蓑にして、情報を遮断し、内々に処理しようとする「閉鎖性」を強めます。

 

外部からの批判が激しくなればなるほど、組織は貝のように口を閉ざし、事実を認めることがさらなる火種になるという逆説的なロジックに陥ってしまうのです。

 

 

 

 

このような学校の対応は、被害生徒にとっては「二重の加害」となります。

 

暴力によって傷つき、さらに信頼すべき教育機関からその苦痛を否定されることは、深刻なトラウマを形成し、生涯にわたる人間不信を植え付けかねません。

 

学校がいじめを認めない本当の理由は、教育的な配慮ではなく、組織という名の虚構を守るための、極めて不適応な回避行動に他なりません。

 

今、最も必要なのは、学校という閉ざされた系の中に事実を閉じ込めず、警察や法務局、そして我々のような外部の専門家が介入し、事実を事実として定義する「外圧」による透明性の確保です。

 

 

 

 

もし身近でこのような事態が起き、学校の対応に絶望を感じていらっしゃるのであれば、まずは証拠を保全した上で、学校以外のどの機関にアクセスすべきか、具体的な法的手続きやメンタルケアの優先順位を整理していきましょうか。

 

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発達障害ラボ

車 重徳

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