心理の専門家の中に「ゲームはいずれ飽きるのだから、いくらでもやらせて構わない」と語る人がいる背景には、いくつかの理論的立場と臨床経験が影響しています。
その一つは、行動は満足され続ければ自然に消退するという学習理論の考え方です。
過度に制限するとかえって希少価値が高まり、執着が強まることがあるため、禁止よりも十分な経験を通して自然に興味が移るのを待つ方がよいという見方です。
また、思春期前後の子どもは興味の対象が変化しやすく、発達とともに自己調整力が育つという前提から、時間が経てばバランスが取れると考える専門家もいます。
さらに、家庭内の対立を減らすという観点もあります。
ゲームを巡る親子の衝突が慢性的になると、信頼関係そのものが損なわれることがあります。
そのため、「まずは関係性を守ることを優先し、無理に制限しない」という臨床的判断が背景にある場合もあります。
特に、ゲームが唯一の安心材料になっている子どもに対して急激な制限をかけると、強い不安や反発が生じることがあるため、段階的な関わりを選ぶこともあります。
しかし、この立場は「無制限に放置してよい」という意味では本来ありません。
自然に飽きるケースがあるのは事実ですが、すべての子どもがそうなるわけではありません。
特に報酬系が刺激されやすい特性を持つ子どもや、現実生活に強いストレスを抱えている子どもでは、ゲームが回避行動として固定化し、依存傾向に進むことがあります。
専門家の発言が誤って単純化されると、「放っておけばよい」という極端な理解につながる危険があります。
大切なのは、ゲームの量そのものよりも、その機能を見極めることです。
楽しみとして使っているのか、孤独や不安を埋めるための唯一の手段になっているのかによって対応は異なります。
専門家が「飽きる」と言うとき、それは発達の流れや環境の整備が前提にあります。
家庭の中で安心感や他の活動の選択肢が十分に用意されている場合には、自然な移行が起こりやすいのです。
つまり、この見解は対立を避け、内発的な変化を信じる立場に基づくものですが、万能ではありません。
子どもの特性や生活状況を丁寧に見立てた上で判断されるべきであり、一律に適用できる原則ではないのです。
発達障害ラボ
車 重徳