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507【育児】我が子が発達障害なのになぜ、普通にこだわる親がいるのか

 

我が子が発達障害であると分かっても、なお「普通」に強くこだわる親がいるのは、単なる頑固さや無理解ではなく、深い心理的背景があることが少なくありません。

 

まず大きいのは、「普通であってほしい」という願いが、子どもの将来を守りたいという強い愛情と結びついている点です。

 

日本社会ではいまだに「普通」であることが安心や安全と直結しやすく、集団に適応できることが将来の安定につながると考えられがちです。

 

親は子どもが困らずに生きていける道を選びたいと願い、その延長線上に「普通」が位置づいていることがあります。

 

 

 

 

また、診断は親にとって一種の喪失体験でもあります。

 

思い描いていた成長のイメージが揺らぎ、将来への不安が一気に押し寄せます。その衝撃を和らげるために、「きっと成長すれば追いつく」「大げさに考えすぎだ」と思いたくなる心理が働くことがあります。

 

これは否認という自然な防衛反応であり、現実を受け入れるまでの過程の一部です。

 

普通にこだわる姿勢は、その痛みを直視することから自分を守る行動とも言えます。

 

 

 

 

さらに、社会的な視線も影響します。障害に対する偏見や無理解が残る環境では、親自身が傷つく経験をしている場合があります。

 

親族や周囲から「甘やかしているのでは」「しつけの問題では」と言われた経験があると、診断を受け入れることが「我が子を特別扱いする」ことのように感じられ、抵抗が生じることもあります。

 

普通にこだわるのは、子どもを守るだけでなく、自分自身を守る意味も含んでいます。

 

 

 

 

また、親の中には「努力すればできるはず」という信念を強く持っている人もいます。

 

自分自身が努力によって困難を乗り越えてきた経験があるほど、その価値観を子どもにも当てはめようとします。

 

しかし発達特性は努力の量では解決できない部分があります。

 

そのギャップが葛藤を生みます。

 

 

 

 

大切なのは、「普通」を否定することではなく、その言葉の奥にある不安や願いを理解することです。

 

親が現実を受け入れるには時間が必要であり、責められるとより固くなります。

 

普通へのこだわりは愛情の裏返しであることが多いのです。

 

支援とは、子どもだけでなく、親の心理的な適応のプロセスにも寄り添うことを含んでいます。

 

 

 

 

発達障害ラボ

車 重徳

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