「児童発達支援や療育を利用することは、必ずしも発達障害の診断を意味しない」という事実があっても、療育に対して否定的なイメージを抱く保護者がいるのは、感情や社会的背景が大きく影響しているからです。
まず、多くの保護者にとって療育という言葉は、「特別」「障害」「普通ではない」という連想と結びつきやすいものです。
制度上は早期支援や発達促進を目的とした前向きなサービスであっても、社会の中で長く残ってきた偏見や固定観念が無意識に作用します。
子どもが療育に通うことが、周囲から「障害がある子」と見なされるのではないかという不安が生じやすいのです。
また、療育の利用は、親にとって一つの「現実の確認」でもあります。
子どもに何らかの支援が必要であると認めることは、理想として描いていた成長像の修正を意味する場合があります。
その過程は小さな喪失体験を伴うことがあり、心理的な抵抗が生まれます。
「まだ様子を見たい」「そこまでではない」と考えるのは、現実を受け止めるまでの自然な反応でもあります。
さらに、情報不足も大きな要因です。
療育が具体的にどのような内容で、どのような子どもが利用しているのかを知らないまま、「特別な施設」という漠然としたイメージだけが先行することがあります。
実際には遊びを通じた発達支援や保護者支援が中心であっても、その実態が十分に伝わっていなければ、不安は解消されません。
加えて、親自身の経験も影響します。
過去に学校や医療機関で傷つくような言葉をかけられた経験がある場合、「支援」という言葉自体に防衛的になります。
療育を勧められることが、「問題のある子」と烙印を押されたように感じられることもあります。
しかし本来、療育はラベルを貼るための場所ではなく、子どもの発達を支えるための資源です。
早期に適切な支援を受けることは、将来的な困難を減らす可能性を高めます。
否定的なイメージの背景には、愛情ゆえの不安や社会的偏見が存在しています。
大切なのは、利用するか否かを二分法で考えるのではなく、子どもにとって何が今役立つかという視点に立ち戻ることです。
療育は「障害の証明」ではなく、「成長のサポート」であるという理解が広がることが望まれます。
発達障害ラボ
車 重徳