「子どもを守り過ぎた結果、不登校になり、そして引きこもりになってしまったが、本当にそれでよかったのか」という問いには、深い後悔や自責の念が込められていることが多いものです。
しかし、この問題を単純に「守り過ぎたことが原因だった」と結論づけるのは慎重であるべきです。
子どもを守ろうとする行為の根底には、傷ついてほしくない、苦しませたくないという愛情があります。
その愛情そのものが問題なのではなく、守り方と挑戦の機会のバランスが難しかったという点に目を向ける必要があります。
子どもが学校で強いストレスを感じていた場合、一時的に守ることは必要な対応です。
無理に登校させることで心身の状態が悪化することもあります。
しかし、長期間にわたって困難な状況から完全に切り離されると、「嫌なことからは離れ続ければよい」という学習が固定化する可能性があります。
人は繰り返し回避することで、その対象に対する不安をさらに強める傾向があります。
その結果、最初は学校だけだった回避が、外出、人との接触、社会的役割へと広がっていくことがあります。
ただし、不登校や引きこもりの原因は一つではありません。
発達特性、感覚過敏、対人関係のトラブル、学習のつまずき、いじめ体験、家庭内の緊張など、多くの要因が重なり合っています。
守り過ぎたから引きこもりになったという単純な因果関係で説明できるものではありません。
むしろ、守るしかなかったほど子どもが追い込まれていた可能性もあります。
問題は過去の判断が正しかったかどうかではなく、今どのように再び社会との接点を作っていくかです。
守ることと挑戦させることは対立するものではなく、両立が求められます。安心という土台がなければ挑戦はできませんが、挑戦の機会がなければ自信も育ちません。
小さな外出、短時間の活動、役割を持つ経験など、段階的に成功体験を積み重ねることが重要です。
「本当にそれでよかったのか」と自分を責め続けても、子どもの未来は変わりません。
しかし、今からバランスを取り直すことは可能です。守る愛情を手放す必要はありません。
ただ、その愛情を「安心の提供」と「少しの背中押し」という形に変えていくことが大切です。
引きこもりは終着点ではなく、過程の一つに過ぎません。
時間はかかっても、適切な支援と環境調整があれば、再び外の世界へと歩み出す道は開かれます。
発達障害ラボ
車 重徳