「子どもが可愛いと思えない自分は、親失格なのではないか」
この言葉は、実は多くの保護者が心の奥で抱えている葛藤です。
SNSや周囲の親たちが「うちの子が一番可愛い」と笑う中で、そんな気持ちを抱くことはとても苦しいものです。
しかしまず伝えたいのは、その感情は異常でも冷酷でもないということです。
子育ては理想通りにいかない連続であり、疲労や孤立、不安が積み重なれば、愛情を感じにくくなることは十分に起こり得ます。
特に発達特性が強い子どもを育てている場合、叱る回数が増え、トラブル対応に追われ、余裕がなくなります。
「可愛い」と感じる余白が削られていくのです。
可愛く思えないのは、愛情がないからではなく、心が限界に近づいているサインかもしれません。
大切なのは、「可愛いと思えない自分を責め続けないこと」です。
感情は命令して変えられるものではありません。
無理にポジティブになろうとするほど、反動で自己嫌悪が強まります。
まずは、今の自分は疲れているのだと認めることが第一歩です。
子どもへの関わりは、愛情の感情だけで成り立つものではありません。
安全を守り、生活を支え、必要な支援を探す行動そのものが、十分に親としての役割を果たしています。
また、「可愛いかどうか」と「育てるかどうか」は別の問題です。
感情が揺れても、最低限の生活リズムを整え、怒りが爆発しそうなときは距離を取り、外部の支援を頼る。
その積み重ねが子どもの安心につながります。
愛情は常に温かく湧き上がるものではなく、責任と習慣の中でゆっくり育つものでもあります。
もし辛さが続くなら、カウンセリングや地域の相談機関を利用することも大切です。
親の心が守られなければ、子どもを守ることはできません。
「可愛いと思えない」と正直に言葉にできたあなたは、すでに自分と向き合っています。
それは逃げではなく、真剣さの証です。完璧な親でなくていいのです。
揺れながらでも、倒れずに今日を過ごすこと。
それが十分に、子育てなのです。
発達障害ラボ
車 重徳