「どうしてうちの子だけが」
「普通の子育てがしたかった」
そんな思いがふと心をよぎる瞬間は、決して珍しいものではありません。
発達特性や支援が必要な子どもを育てている母ほど、周囲の『何も問題がなさそうな家庭』がまぶしく見えることがあります。
そしてその気持ちに、自分でショックを受け、「こんなことを思う私はひどい母だ」とさらに自分を責めてしまうのです。
まずお伝えしたいのは、その思いは愛情の欠如ではないということです。
それは「楽をしたい」という怠慢ではなく、「安心したい」「将来を心配せずにいたい」という切実な願いです。
子育てはただでさえ大変です。
そこに検査や療育、学校との調整、周囲の理解不足が重なれば、「普通でいてほしかった」と感じるのは自然な心の反応です。
大切なのは、その気持ちを無理に打ち消さないことです。
「そんなことを思ってはいけない」と押し込めるほど、心は疲れていきます。
「私は今、相当疲れているんだ」と認めることが第一歩です。
普通という言葉はとても曖昧で、実際には誰もが何かしらの困りや個性を抱えています。
ただ、見え方が違うだけです。
また、比べる対象を変えることも大切です。
他の家庭ではなく、「昨日のわが子」と比べてみる。
小さな成長や変化に目を向けると、見える景色は少し変わります。
WISC-Ⅴ(ウィスク5)検査の結果も、レッテルではなく、支援のヒントとして活用できれば、未来は具体的になります。
特性は不幸の宣告ではなく、取り扱い説明書のようなものです。
そして何より、母自身が孤立しないこと。
相談できる相手や同じ立場の保護者とつながることは、心の負担を軽くします。
完璧に前向きである必要はありません。
揺れながらでも、今日を過ごしていること自体が十分に価値のあることです。
「障害児ではない子育てがしたかった」と思う気持ちは、裏を返せば、わが子の人生を本気で心配している証です。
その思いを否定せず、少しずつ受け止めながら、自分の心も守ってください。
母が壊れないことこそが、子どもにとって一番大切なのです。
発達障害ラボ
車 重徳