「叱らない子育て」を信じて実践し続けてしまった保護者の末路
近年、「叱らない子育て」という言葉を耳にする機会が増えました。
SNSや育児書では、
「子どもを叱ってはいけない」
「怒ることは子どもの自己肯定感を下げる」
「子どもの気持ちを受け止めることが大切」
といった情報があふれています。
もちろん、その考え方自体には大切な要素があります。
怒鳴ることや恐怖で支配することは、健全な子育てとは言えません。
発達障害のある子どもであればなおさら、叱責よりも理解や支援が必要な場面はたくさんあります。
しかし、ここで大きな誤解が生まれることがあります。
それは、「叱らない」と「何も伝えない」を同じ意味だと考えてしまうことです。
実際の相談現場では、
「叱らない子育てを頑張ってきたのに、子どもが言うことを聞かなくなりました」
「学校や友だちとのトラブルが増えました」
という相談を受けることがあります。
よく話を聞いてみると、保護者は子どもを大切に思うあまり、嫌われることを恐れていたり、傷つけてしまうことを心配していたりするのです。
その結果、本来なら教えるべきルールや境界線まで曖昧になってしまいます。
例えば、人を叩いたとき。
物を壊したとき。
約束を守らなかったとき。
本来であれば、「それはしてはいけないことだよ」と伝える必要があります。
しかし、「叱ってはいけない」という考え方に縛られてしまうと、注意することそのものを避けるようになります。
すると子どもはどうなるのでしょうか。
子どもはルールを学ぶ機会を失います。
社会には自由だけではなく責任があります。
他人を傷つければ相手が悲しみます。
約束を破れば信頼を失います。
それらを学ぶのが子ども時代です。
つまり、適切な指導は子どもを縛るためではなく、社会の中で生きていく力を育てるために必要なのです。
また、「叱らない子育て」を極端に続けると、保護者自身が疲弊することがあります。
本当は困っているのに我慢する。
本当は嫌なのに笑顔で対応する。
本当は伝えたいことがあるのに飲み込む。
その状態が何年も続くと、ある日突然限界がやってきます。
そして、それまで我慢していた怒りが爆発してしまうことがあります。
これは決して珍しいことではありません。
実は子育てで本当に大切なのは、「叱らないこと」ではありません。
「感情的に怒らないこと」です。
必要な場面ではルールを伝える。
危険な行動は止める。
他人を傷つけたときは教える。
しかし人格を否定しない。
恐怖で支配しない。
これが本来の意味での適切な関わりです。
発達障害のある子どもでも同じです。
特性を理解することと、ルールを教えないことは全く別の話です。
子どもは愛情だけで育つわけではありません。
愛情と境界線の両方が必要です。
「何をしても受け入れる」ことが優しさなのではなく、「して良いことと悪いことを教える」こともまた愛情なのです。
叱らない子育てを信じ続けた保護者の末路とは、子どもをダメにすることではありません。
むしろ、親自身が苦しくなり、子どもとの関係に悩み続けることです。
本当に目指すべきなのは、叱らない親ではありません。
必要なことを穏やかに伝えられる親なのです。
発達障害ラボ
車 重徳