最近の親はなぜ、「子どもを疲れさせたくない」と言うのか
「今日は学校で疲れたから宿題はやめましょう」
「習い事も疲れるから無理をさせたくありません」
「本人が嫌がるなら休ませます。」
最近、このような言葉を耳にする機会が増えました。
もちろん、子どもの体調や心の状態を大切にすることは非常に重要です。
特に発達障害のある子どもや繊細な気質を持つ子どもは、周囲が思っている以上にエネルギーを使いながら生活していることがあります。
そのため、「疲れている」というサインを見逃さないことは、保護者にとって大切な役割です。
しかし一方で、私は相談支援や教育現場で、「疲れさせたくない」という思いが強くなり過ぎることで、子どもの成長の機会まで失われてしまう場面も数多く見てきました。
では、なぜ最近の保護者は「子どもを疲れさせたくない」と考えるようになったのでしょうか。
一つの理由は、子どもの心を守ることの重要性が広く知られるようになったことです。
不登校やうつ、発達障害に関する情報が増え、「無理をさせることは良くない」という考え方が社会全体に浸透しました。
それ自体は大きな前進です。
以前のように「我慢しなさい」「根性で乗り越えなさい」と精神論だけで子どもを追い込む支援は見直されるべきでした。
しかし、その反動として、「疲れること=悪いこと」という考え方が広がってしまった面もあります。
本来、疲れることと傷つくことは同じではありません。
例えば、運動会の練習をすれば疲れます。
初めての発表会に挑戦しても疲れます。
友達と遊ぶことさえ、人によっては疲れることがあります。
しかし、その疲れの中には達成感や成長につながる「良い疲れ」もあります。
私たち大人も同じです。
仕事で充実した一日を過ごせば疲れます。
旅行を楽しんでも疲れます。
好きな趣味に夢中になっても疲れます。
つまり、「疲れること」そのものが悪いのではなく、「回復できないほど疲れ続けること」が問題なのです。
発達障害のある子どもについても同様です。
その子の特性に合わせて活動量を調整することは大切ですが、「疲れるかもしれないから何も挑戦させない」という対応では、自信や成功体験を積む機会まで失われてしまいます。
また、「疲れたら休む」ことは必要ですが、「疲れないように生きる」ことは現実的ではありません。
学校でも、仕事でも、人間関係でも、人生には適度な負荷が必ずあります。
その負荷を経験し、休み方を学び、回復する力を身につけることも、子どもの成長には欠かせません。
保護者が本当に目指すべきなのは、子どもを一切疲れさせないことではありません。
疲れたときに安心して休める家庭をつくることです。
そして、少しずつ挑戦し、少しずつ回復する経験を積み重ねられる環境を整えることです。
子どもは、疲れないから成長するのではありません。
挑戦し、疲れ、休み、また挑戦するという繰り返しの中で、心も体も少しずつ強くなっていきます。
「子どもを疲れさせたくない」という保護者の愛情は、とても尊いものです。
しかし、その愛情が子どもの可能性まで守り過ぎてしまわないように、「守ること」と「育てること」のバランスを意識することが、これからの子育てではますます大切になっていくのではないでしょうか。
発達障害ラボ
車 重徳